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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1335号 判決 1999年3月23日

大阪市福島区鷺洲二丁目一〇番二二号

原告

優美社産業株式会社

右代表者代表取締役

松田喜久

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

深堀知子

大阪府堺市浜寺南町三丁一〇番地の一

被告

イサムインターナショナル株式会社

右代表者代表取締役

神谷勇

右訴訟代理人弁護士

國弘正樹

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主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一五八〇万円及びこれに対する平成一〇年二月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告及び被告は、いずれも袋物、カバン等の製造・販売を業とする株式会社である。

本件は、原告が、競業関係にある被告に対し、被告が原告の従業員二名を引き抜いて取引先を奪取したことにより原告に損害を与えたとして、民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求している事案である。

一  事実関係(争いがない)

1  原告は袋物、カバン等の製造・販売を業とする会社であり、被告は、平成五年二月二六日に設立された、袋物、カバン等の製造・販売を業とする会社である。

2  橘和義(以下「橘」という。)は原告の元従業員であり、平成五年二月二五日に原告を退職して株式会社オーシャン貿易商会(以下「オーシャン貿易商会」という。)に入社し、その後、オーシャン貿易商会の関連会社である被告に入社した。橘は、原告退職当時は勤続一〇年の営業担当であり、東京支店係長の地位にあった。

また、河野悟(以下「河野」という。)は原告の元従業員であり、平成六年三月二〇日に原告を退職し、その後被告に入社した。河野は、原告退職当時は勤続五年の営業担当であり、東京支店主任の地位にあった。

二  争点

被告は、違法な引き抜き行為により橘及び河野に原告を退職させて被告に入社させ、原告の取引先を奪ったものとして、原告に対し、不法行為による損害賠償責任を負うか。

また、被告が損害賠償責任を負うとした場合、その額。

第三  当事者の主張

一  原告の主張

1(一)  原告東京支店の平成四年四月当時の構成は、支店長が重田一洋、係長が橘、主任が河野、坂口仙他三名の合計七名であった。

(二)  原告東京支店の平成六年三月当時の構成は、支店長が重田一洋、主任が河野他三名の合計六名であった。

2  橘の引き抜き行為

(一) 橘は、入社以来、原告大阪支店に勤務していたが、本人の希望により平成四年四月に東京支店に転勤させた。橘は、東京における原告の取引先を広く担当しており、その仕事の性格上、各取引先の好む商品の傾向や価格帯を初めとして、営業上のノウハウを非常によく知悉しており、右は原告の企業秘密に属する事柄であった。

(二) 平成四年ころ、被告の関連会社であるオーシャン貿易商会は、婦人用バッグ製造販売の分野において東京進出を企てたが、もともと大阪の会社であり、東京での足場がなかった。オーシャン貿易商会はそのような折りに橘の存在を知り、橘の営業能力を利用すれば労せずして多大な利益を得られることから、橘に対し、被告を設立するのでそこに移籍するよう働きかけた。

(三) 原告は、橘を将来有望な社員として優遇しており、だからこそ本人の希望どおり東京に転勤させたのである。橘は在社中、同僚に対して原告の不満を漏らすようなこともなく勤務に励んでおり、係長待遇を受けていた。なお、原告はオーシャン貿易商会とは取引関係がなく、橘も仕事上同社と付き合いがあったわけではなかった。

右のような事情があったにもかかわらず橘が被告に移ったのは、被告の執拗な働きかけがあったからである。

3  河野の引き抜き行為

(一) 橘が被告に入社した後、被告は、橘の片腕であった河野を引き抜くべく、橘を通じて河野に働きかけて原告を退職させ、直ちに被告に入社させた。

(二) 原告は河野についても将来有望な社員として厚遇しており、特別に家賃の補助を出すなど好条件で勤務させていた。河野も原告に対して不満があったわけではなく、被告の執拗な働きかけによって原告を退職し被告に移籍したのである。

4  被告の右各引き抜き行為は、橘及び河野が原告での勤務上会得した営業力及び知り得た企業情報を利用して原告の取引先を奪取するという目的に基づいており、被告に故意があったことは明らかである。

5  被告が右各引き抜きを行い、直接原告の取引先に働きかけた結果、原告の売り上げは別紙のとおり二億〇五四〇万二一八九円減少し、一五八〇万円の得べかりし利益を喪失した。

被告は平成五年に設立された新しい会社であり、被告の関連会社であるオーシャン貿易商会も東京には支店がなく足がかりがない状態であった。東京における原告の取引先と被告の取引先はそのほとんどが競合しており、被告が原告の取引先に食い込むことができたのは、橘及び河野の原告で勤務上会得した営業力及び知り得た企業秘密があったからである。橘らを被告に入社させなければ、原告の取引先に対して商品を販売できなかったことは明らかであり、被告の右各引き抜き行為と原告の損害との間には因果関係がある。

二  被告の主張

1  橘、河野の両名は、原告の勤務条件なり営業方針に対する不満から自主的に原告を退職したものであって、被告の引き抜きという積極的関与によるものではない。

2  被告の関連会社にオーシャン貿易商会(代表取締役神谷勇)が存在するが、同社の部長であった金山と橘が業務上の知り合いであり、金山は橘より原告での勤務に関しての不満を聞かされ、独立したいという意向を聞いていた。そこで、平成四年一一月に金山が橘を神谷社長に紹介し、オーシャン貿易商会への移籍が決まった。その後、平成五年二月に被告をオーシャン貿易商会の関連会社として設立したため、被告の東京支店に所属して勤務することとなったものである。

3  河野も原告の勤務に対して不満を抱き、平成五年に入って元の同僚であった橘に相談を持ちかけた。相談を受けた橘が河野に対し、被告の東京支店の営業を助けてくれと依頼し、河野もその依頼に応じて、原告を同年八月に退職することにしたが、退職金の支給や競業避止の誓約書の提出をめぐって揉め、退職の時期が平成六年三月にずれ込んだ。

4  右のとおり、右両名が被告に入社した経緯は、被告が業務拡大のために人員を求めていた時期に両名が原告を退職したため、被告の社員とのつながりで両名に対し入社の機会を提供されたにすぎない。

また、右両名が原告の営業秘密に属するような特殊なノウハウを持っていたわけでもなく、被告としては人員の補充に営業の経験者を採用したにすぎない。

5  原告の取引先は、東京だけでも一四〇ないし一五〇社あり、かつ、各取引先の卸商社は数十社の納入業者の商品を取り扱っている。そういった中で、一営業社員が取引先を担当しているといっても、その取引先との関係は極めて薄く、営業社員の変更によって納入商品の是非が判断されるということはあり得ない。販売数量が伸びるか否かは、商品のデザイン、価格等の商品の質にかかるものである。

したがって、橘と河野の両名の退職によって原告の取引先が減少したとはいえない。

第四  当裁判所の判断

一  甲第一、第二号証、乙第一、第二号証並びに証人重田一洋、同坂口仙、同橘和義及び同河野悟の各証言によれば、次の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  橘は、昭和五五年二月二五日に原告の大阪営業部に入社し、その後、平成四年四月一日に東京支店に転勤し、原告の商品を紹介、販売する営業職として、主に決まった取引先である卸問屋四〇ないし五〇軒を担当していた。

橘は、原告における職務について、新製品の開発や出荷体制、販売システムなどについて営業職の意見が反映され難いなどの点で、原告では自らの能力が十分発揮できないと感じていた。平成四年九月ころ、大阪在住時代からの友人であり、当時はオーシャン貿易商会の営業部長であった金山と会った際に、同社の東京支店設立構想を聞いて魅力を感じ、同年一一月に同社社長の神谷と会い、原告を退職してオーシャン貿易商会に入社することを決意した。

橘は、原告を退職するに当たり、上司である支店長に、将来的には独立を考えており、オーシャン貿易商会に転職すること、退職後に就職する会社は営業のみではなく仕入れの勉強もさせてもらえることなどを伝え、平成五年二月二〇日に原告を退職してオーシャン貿易商会に入社し、被告の東京支店ができた後に被告に入社した。

2  河野は、もともと宮崎県にある原告の子会社でアルバイトとして勤務していたところ、平成元年七月に原告に入社して東京支店に配属となり、橘と同様の営業職として取引先四〇軒程度を担当していた。河野は、入社の際には三年後には宮崎に戻してもらえるという約束であったにもかかわらずこれが守られなかったこと、また、橘と同様に、原告においては営業職の意見が反映され難いという点について不満を抱き、原告を退職することを考えており、そのことなどを橘に相談をし、橘の会社で手が足りなくなったら声をかけてくれるように話していた。

そうしたところ、その後河野は、橘より被告の仕事を手伝って欲しいとの依頼を受け、原告を退職することを決意し、平成五年一〇月ころに退職願を提出したが、退職金の支給や競業避止の誓約書の提出に関して原告との間で揉め、結局平成六年三月に退職し、オーシャン貿易商会に入社して被告に出向し、平成七年二月に被告に入社した。

3  原告の東京における取引先である卸問屋は一四〇ないし一五〇社あり、それぞれの卸問屋には数十社のカバン業者が商品を納入している。原告と被告は、現在三〇社程度取引先が競合しているが、もともとオーシャン貿易商会は、橘が入社する以前よりカバンを取り扱っており、東京においても原告と競合する取引先が数社あった。

橘及び河野は、オーシャン貿易商会ないし被告に入社した後、原告在職中に担当していた取引先に商品を販売し、顧客を開拓したことはあるが、右両名の退職により、原告の取引先が原告との取引を中止したことはない。

二  右の事実を総合すると、橘及び河野の両名が原告を退職したのは、もっぱら原告の営業方針などに不満を抱いていたことによるものであると認あられ、被告が右両名に対して執拗な引き抜きを行ったこと、あるいは、被告が橘、河野を引き抜いて原告の企業秘密などを利用して原告の取引先を奪うなどの行為があったと認めることはできない。

なお、右両名が、被告の営業活動として、原告在職中に担当していた取引先を訪問して被告の商品を販売した事実は認められるものの、そもそも原告の取引先である卸問屋は数十社の業者から商品の納入を受けていること、原告と被告が競合しているのは、原告の取引先の一部であること、被告との取引の開始によって原告との取引がなくなった取引先は存しないことに鑑みれば、右両名の行為が通常の経済活動としての範囲を逸脱するものとして違法である評価することはできない。

そうすると、被告が橘、河野の両名を原告の取引先を奪取するために引き抜き、原告に損害を与えたとする原告の主張を認めることはできない。

三  よって、原告の請求は理由がない。

(平成一一年二月二日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 水上周)

(別紙)

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